純度を上げていく




自分のエネルギーで自分を満たす時、内側から湧き出るように出てくる言葉でブログを綴りたい。

私はいつも、そう思っているのですが、ここ数年は自分センサーを感じながらより自分らしく書ける場をいつも探していたような気がします。

アメブロとはてなブログを併用していますが、より自分の純度を上げていく必要があるといつも内なる自分が言っています。
より自分らしく。より透明に。


私が今、いくつかのブログを書いているのは、自分のエネルギーが常に変化している今(この数年)、より純化した自分の言葉を、(光の糸を紡ぐように) 自分の感覚をより純粋に言葉に変換しやすい表現の場を探している、そんな感覚でした。

誰かのブログを読めば、誰かの思念が入ってくる。それは、良くも悪くも、です。
自分を純化させたい時には、それは逆効果になる、と感じていました。

人のエネルギーの影響を全く受けない人なら別ですが、繊細なエンパスタイプ(程度やタイプは人それぞれ)には、読むタイミングや読むこと自体、選んだ方がいいかもしれない。

自分を知りたいなら、とことん自分と向き合う必要があるし、どんな時に自分が反応しているのか、自分のパターンを知る必要がある。

ブログを書く ということは、それらを含めて いろんな気づきや自分発見のチャンスをたくさんくれました。






本当は、ここ最近とてもたくさんの事が起きていて書きたいこともたくさん浮かんでは消え浮かんでは消えて。

内的変化がとても激しい(内側の展開が早い)ので、表現する前に変化していることも少なくありません。






でも、今。

ここ数年間の自分を振り返って思うのは、どんな自分もその先に繋がっていくから、そんな自分にジャッジメントしなくていい ということ。

時が止まっているように見える期間は、季節でいえば冬。春の芽吹きと気づきの季節のために、今は見えない根っこをのばしているだけ、と思うから。

これまでもずっと 振り返ればいつも思うのはつらい時ほど、見えない大きな根っこを張っていたんだと気づくこと。

何もしていないように感じる時でさえも、とても大切な季節だったと後で気づくことになる。

何がどうなって、どこに繋がっていくかわからないからこそ地球に生きているという証。
だからこそ、先を知ろうとする必要もないし、不安に思う必要もないんでしょうね。



自分の一歩は、光の種。

例え 芽が出ても出なくても、どちらも自然なこと。





意味づけは、きっと いらない。

それならば 自分らしい芽にするために、自分の純度を上げていくことを大切にしたい。

もしもその過程を楽めたなら、ちょっと嬉しいと思うはず。そこに自分を見つけて楽しむ日々、という感じがして。






自分らしく表現すること。

その大切さを 今、改めて感じています。
より 自分になっていく。
そんな感覚で。


〈高速バスから見た空〉





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